2008-09-08 21:19 | カテゴリ:マンネリ夫婦生活

脚



いきなりの初自分画像ですみません!
プロフ画像以外でのブログ登場は本当に初めて。
突然の太っい脚を晒してしまって気分を害された方がいないか不安です(苦笑)。


私、前にも何度かブログで書いたとは思うのですが、自分の容姿が本当に本当に大っ嫌いで、それを見る事になる写真も同じく大っ嫌いで仕方が無い。
何の前触れもなく急に自分を全て否定したくなってズドーン!と落ち込み、旦那にこんな容姿の私でゴメンねって謝ってしまう事があるんです・・・。

病気前の旦那はよく私の容姿についてバカにした発言をしていました。
デブだのキモイだのは当たり前で、女性にとっては絶対に言われたくないであろう胸の事や陰部の事まで酷い言われようで、そのせいもあって今でも不安になるんですよね。゚(。ノωヽ。)゚。
お世辞にも可愛いなんて言ってくれる人じゃなかったから。

それが最近じゃ可愛い、可愛いってまるで子供を見るかのような眼差しで言ってくれるようになり、私のどこが好きかも言ってくれて私の不安を少しずつ取り除こうとしてくれる・・・。
以前とはまるで手のひらを返したように違う旦那を見ると、これまた少し不安になるんですけど(苦笑)。


で、画像は旦那が好きだという脚。
いつも隙を見てはペロペロされちゃう脚です(笑)。

旦那はどちらかと言うと痩せ型よりもぽっちゃり系が好みで、脚もそれに比例して細い綺麗な脚は苦手だそう。
肉付きが良くて筋肉がしっかりとした脚(特にふくらはぎ)が好みらしく、私の脚を眺めて触りながら『いいね〜』なんて呟いているというフェチさんです。

私はずっと自分の脚が嫌いだった。
だって特別運動なんてしてきた訳じゃないのに、無駄に筋肉が付いていて女性らしい柔らかい感じじゃないんですもん!
でも、旦那が良いと言ってくれるだけでちょっとは救われるかな。


ただ・・・。足の先までペロペロされるのは苦手o((〃∇〃o))((o〃∇〃))o


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2008-09-08 10:25 | カテゴリ:その他
このブログを開設したのが今年2月下旬。
今月末で7ヶ月になります!なんかあっという間だった気が・・・。

最初は浮気・不倫・婚外恋愛をテーマに書き綴るつもりで、自分の心と旦那の心へ問いかけるような『ねぇ・・・浮気しちゃうよ?』というタイトルを付け、ブログランキングもそういったカテゴリーにしていました。
離婚覚悟で旦那に全ての事を打ち明け、夫婦2人でこれからは夫婦恋愛をしていこう♪と決めてからは、とりあえずランキングだけカテゴリーを結婚生活や女心なんていう分野に変えたのです。

が、最近このブログタイトルをこのまま続けて行ってもいいものか!?と思うようになったんですよね〜。
今でも夫婦として男女としての不安・心配・葛藤など色々とあるにはあるけれど、だからってイコール浮気しちゃうよ?みたいな感情は無くなったし、だんだんとブログの内容もかけ離れて来ていますし。
そこでこのブログのタイトルをそろそろ変えようかなって思ってます!
(リンクをしていただいているみなさんにはご迷惑をおかけしまーす^^;)


何か良いブログタイトルはないでしょうかねぇ?


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2008-09-05 11:23 | カテゴリ:マンネリ夫婦生活
旦那と出逢ってからその時まで、いくら短期出張の多い仕事をしている旦那でも、さすがに4ヶ月間離れて暮らすなんて事は無かった。
その当時はがむしゃらに突っ走る事だけで精一杯で、何かを考えるスペースなど頭には無かったのだけれど、今思い返せば私はギリギリの綱渡り状態で4ヶ月間を過ごしたのだと思う。
次から次へと押し寄せる不安や恐怖という精神、昼は病院・子育て・家事で夜〜朝はバイトという肉体の悲鳴が私の聞こえない場所で鳴り響いていただろう。

それでも頑張れたのは旦那とまたここで暮らしたかったから・・・。
子供を自分の手から離したくなかったから・・・。
(児童相談所から子供を児童養護施設に預ける事を勧められたのです。)

だから旦那の前で涙を流したのは、倒れたと連絡が来たあの日だけ。
私なんかよりもよっぽど旦那の方が辛いハズ。悲しいハズ。苦しいハズだから。
とにかく身動きの取れる私が動き回り、あとは神様に「あの人を家に帰してください。」って祈る事しか出来ない。


そんな祈るほど待ちわびていた旦那の退院。やっと帰って来た!
なのになぜ私が離婚覚悟の浮気をしたのか・・・。

その理由は私の思考回路と心がパンクをしてしまったからとしか言いようが無い。
退院してからの旦那は以前の旦那と少しずつ変わっていくのが目に見えて分かった。
入院中の旦那は1人で色んな事を考えたと言う。
今まで酷い事をしてきた。また私と一緒にいられて本当に良かったって・・・。

けれど私は旦那の言葉を素直に喜ぶ事なんてもう出来なくなっていて、旦那の言葉や行動、どれ1つとっても裏があるようにしか見られない状態に陥っている。

何を今さら都合の良い事を言ってるの!?今までの時間を返してよ!どうせあなたはまた以前のような冷酷人間に戻るハズ!あの時に病気にならなかったらずっと私なんか見ようともしなかったくせに・・・!

そんな言葉が私の頭の中に渦を巻く。
4年以上も自分の事しか考えていないような言動、傲慢で威圧的な態度、私以外の女と出逢いを探していた旦那を見ていたのに、たった4ヶ月の入院生活が終わったら人間がコロッと変わるなんておかしいじゃない。
今までで一番旦那を信用できず疑うだけの日々が続き、私の黒い糸はプツリと音をたてて切れてしまった。
不安だった職場復帰も果たした旦那に私が出来る事はもう無いだろうと、離婚を覚悟に浮気に走った。心の安らぎが欲しくて仕方がなくて。


今だから言える事だけれど、私達夫婦にとっては今回の病気もそして浮気も、運命というか定められた試練だったのかもしれない。
旦那が病気をした事で『家族の絆・本当に大切な人・人の優しさや有り難み』を知る事が出来た。
そして私が浮気をした事で『夫婦の絆・愛・許す事の難しさ・本当の幸せ』を知り得る事が出来た。

それでも私達夫婦はまだまだ復旧作業中。いわゆる夫婦再生中とでも言おうか。
人間は許す事が一番難しい事なのではないかと私は思う。
許したい。無条件に過去の全ても今の為にあるのだと信じ、あなたの全てを私の中で許したい。
けれどそれが容易い事では無いことも知っているから辛くなるのだ。
たまに復旧作業に遅れが出る事もある。前日まで積み重ねてきた作業が一瞬で脆くも崩れそうになる時だってある。
けれど、2人の軸さえ曲がっていても短くても、きちんと残っていたらそれで良い。またいつでも最初から復旧作業に入れば良いのだから。
軸が欠けてしまったら・・・・もう涙しか流してあげる事しか出来ないのだから。

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最後に・・・
2008-09-04 12:41 | カテゴリ:マンネリ夫婦生活
このブログを読んでくださっている方達に酷いと思われても構わない。正直な気持ちを綴りたいから・・・。

旦那がこうして倒れる前からいつかは義父と同じように倒れるのではないだろうか?と頭の隅にはあった私は、もし、いずれそうなったのなら倒れた旦那を子供と一緒に見捨ててやる!と心の中でひっそり思っていた。
出逢ってからそれまでの恨み・憎しみを全てぶちまけ、『ざまぁ〜みろ!!』と嘲笑い捨ててやるんだと。
それだけ私の心は真っ黒な闇の渦で埋め尽くされていたのだと思う・・・。
今思い返せば彼の私に対する言動はモラハラそのものだし、子育てを1人でする不安、借金の取り立て屋が来る恐怖の生活などから私の心はバランスを崩してしまったのかもしれない。

ほんの少し前まではそう考えていたのに、いざ脳出血で倒れて口も利けず身動きも取れない旦那を目の前にしてみて、離婚の二文字なんて頭を過ぎる事は無かった。
私には彼に対する愛情が残っていた。
出逢ってからずっと彼に対していつか変わってくれるかもしれないと、そんな淡く苦い期待をずっと抱いていたんだ。


旦那の症状は左脳の出血で強い右半身の麻痺、そして記憶障害と軽い言語障害があった。
最初に入院していた病院には1ヶ月いたのだけれど、初めの頃は全く右半身が動かず要介助でオムツと車椅子の生活だったし、ようやく少しずつ会話が出来るようになっても簡単な単語がすぐに出てこない、会話がチグハグで意思疎通が上手く出来ない時期を過ごした。
医療費・生活費に悩みあちらこちらへ駆け回り、短期夜間バイトをしながら1人子供と生活をする中でなんとか都合をつけ旦那の面会に行っていた私が一番辛いと思ったのが、旦那のモラハラっぷりがものすごい勢いで全面に出ていた事かもしれない。
きっと私以上に旦那は不安だっただろう。
まだ集中治療室に入っていた頃、うっすらと私の姿を見ては「すまん・・・。もう終わったな。」という言葉を漏らしていたくらいだから。
いつも俺様な態度で強気な人の口から初めて弱気な言葉を聞いたかもしれないな・・・。

救急車で運ばれてちょうど4ヶ月後の2008年2月22日。
2つ目のリハビリ専門病院で3ヶ月入院した後に退院する事となる。

もしかしたら引っ越したばかりの部屋は階段の4階にあるので引越をしなければならないかもしれない、もしかしたら子供が行きたがっていた幼稚園へは入園させてやる事が出来ないかもしれない、もしかしたら旦那は仕事を辞めなくてはならないかもしれない。
色んな不安が渦を巻いていたのに、退院する頃には自力で階段を上がって部屋に行けたし、言語障害も記憶障害も無くなっていた!
残る不安は3月中旬に予定されていた復職の事だけ。


しかし、私はその3月に浮気をしてしまった


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意識が朦朧とする中で旦那がよく呟いた「すまん・・・。もう終わったな。」という言葉がとても印象的でした。
旦那は1ヶ月間の記憶がほとんど残っていないらしくこの言葉を言った事を知らなかったようですが、私の心には鉛のように重くズンと響いた言葉だったから。
その言葉に対して私は「何言ってるの?まだ○○(子の名前)だって小さいんだよ?頑張らないと・・・。」としか返してあげられなかった。
これ以上の言葉を伝えようなら一生懸命に生きようとしている旦那の前で涙が溢れそうだったから。
2008-09-03 05:23 | カテゴリ:マンネリ夫婦生活
忘れもしない2007年10月22日午後6時40分頃。
いつもなら旦那はちょうど家に帰宅する時間で、私はまだ引越したばかりの荷解きとその日の夕食準備で忙しくしていた所だった。

「こちら○×△病院の○○と申します。○○○○○さん(義母の名)をご存じですか?」

確か聞き覚えのない女性からの会話はここからスタートした記憶がある。
この女性の言葉を聞いてとっさに私が考えたのは、義母が倒れて入院でもしてしまったのだろうか!?という事。きっと誰だってそう思うのではないだろうか?
しかし・・・現実は甘く無く、次に発するこの女性の言葉で私の頭は一瞬にして真っ白になる。

「○○○○○さん(義母)からご連絡はいっていませんか?実は今日の夕方5時過ぎにご主人の○○○○さんが救急車で運ばれました。すぐに一度病院へ来ていただきたいのですが・・・。」

今思い起こせばまるでドラマのような世界。
一瞬頭が真っ白になったものの妙に冷静な自分がいて、病院の名前も病院までの行き方もきちんと女性(恐らく看護師だろう)に聞くことが出来たし、私の母に事情を簡単に説明し子を預かってもらう連絡も入れる事が出来た。
私は作りかけの夕食を放って慌てて出掛ける準備をし、張り裂けそうな鼓動を感じながら病院へ向かう。そして私は引越して3日目でやっとこれから・・・という時期に、こんな試練を与えた神様を恨んだ。


連絡をしてもらった病棟へ到着し、担当の看護師さんに電話より少し詳しく事情を聞く。
仕事帰りの旦那が帰宅途中で脳出血を起こし倒れ運ばれたと。
脳出血・・・やっぱりか。そんな気持ちだった。いつかは倒れるんじゃないかとどこかで確信していたから。
旦那は高血圧でずっと通院していたし、実は旦那の父親も47歳で脳出血により倒れ今は障碍者になってしまっているのを知っていたから、もしかしたらいつかは旦那も同じ運命を辿るのかもしれないと頭の中にはいつもあった。
でも・・・あまりに早すぎる。まだ35歳だというのに。まだ子供だって3歳だ。
やっと親子3人で暮らせるんだねってあれだけ色々と悩んで選んだ部屋、そしてやっとの思いで都合を付けて買った物、これから楽しみだねって言った笑顔。
まだ引っ越してから3日目だよ?

色んな思いが交差する中、集中治療室にいる旦那と面会出来る事になり重い扉を開いた。
入り口に一番近いベッドで横たわる旦那の姿を見て涙が溢れる。
声なんて掛けてあげられず、ただ涙で滲むこの目で見るだけしか私は出来ずにいた。

私の目線の先にはたくさんの管や機械に繋がり、倒れた時に負ったであろう痛々しい傷が付いた手、そして昏睡状態の旦那の姿があった。


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ちょっと長くなるのでしばらく続きます!
当時を思い出し書き綴っているうちに涙が出てしまいました・・・。
私が子供を産んだ時、仮死状態で医師からあと数分生まれるのが遅ければ死んでいたと言われ、子供に障碍を背負わせてしまった事実を知った時、『生きていてくれて良かった。我が子をこの手でこの胸で抱けて良かった。』と心から思ったんです。
かけがえのない儚く尊い命の代わりに失った機能はあるけれど、それでも隣ですやすや寝息を立てるこの子を見ていられる幸せは私だけのものだから。
その感情が今、旦那に対するものでもあるんです。

生きていてくれて良かった。
私の頭を撫でていてくれる大きくて温かい手、いつも支えてくれる心、優しさを分けてくれる笑顔。
そんなあなたが隣にいる事が私にとっての奇跡です。